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ムーミンはトントではない

ムーミンが tonttu であると誤解している日本人が多いことを最近知ってちょっとショックでした。ムーミンは,フィンランド語で Muumipeikko と呼ばれるように peikko の仲間で tonttu ではないと言えば誰もが納得してくれると楽観していたのですが,peikkotonttu は,とちらも人間に近い想像上の動物 (?) 【日本語にも英語の creature, フィンランド語の olio にあたることばがほしいですね。「生命体」とすると宇宙の生物になってしまいます】 であるために,日本人は混同してしまっているということがはっきりと分ってきました。

大したことでもないのにムキになるのは大人げないという声もありそうですが,「サンダル」 と 「ミュール」 の違いにこだわる日本人が,peikkotonttu の区別に無頓着なのは国際的に恥ずかしいことであるという認識にたち (^^),エッセイをホームページに載せることにしました。

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フィンランドの tonttu の代表は,kotitonttujoulutonttu でだろうと思います。前者は,家の守り神のような存在として,後者はサンタクロースの助手として理解されています。今,ブームとか言われる gnome は,フィンランドの tonttu たちにとっては外国に住む親戚で,「森のトントたち」 (?) という絵本 (?) ― すみません,実物を見たことがないのです ― の tonttu も,話を聞くかぎりではその系統だろうと思います。

人間が住んでいる家に住み着いている kotitonttu は,日本の 「カミ」 に通じるところがあると思いますが,フィンランドの古い文献に出てくる tonttu はたいてい kotitonttu だそうです。1551 年にアグリコラ (Mikael Agricola, 1510 ? ~ 1557) という聖職者が書いたフィンランドのハメ地方で信仰されている神の一覧の中に出てくる tonttu は,経済活動を盛んにする神とされています。有名なトペリウス (Zachris Topelius, 1818 ~ 1898) の童話集のなかの 「トゥルク城のおじいさんトント」 (渡辺翠訳 「ツルク城の小人」 ― 講談社「子供の世界文学 20」, 1972) という話に出てくる tonttu は,「有名人トント」 ということになるでしょう。

今では tonttu の代表格となった joulutonttu は,19世紀の終わりから今世紀にかけて,スウェーデンの童話などに登場して広まったもののようで,日本人の思い描くサンタクロースとそっくりの姿形をした小人として描かれるのがふつうのようです。以前,ヘルシンキのストックマン・デパートのショーウィンドーに登場していた joulutonttu たちもそういう姿でした。サンタクロースは,日本へは北米経由で入ってきたもののようですが,フィンランドではサンタクロースのことを joulupukki といいます。

北米系のサンタクロースは,一晩のうちにひとりでトナカイに乗って世界中を回り,すべての良い子の靴下にプレゼントを入れてしまうスーパーマンですが,フィンランドの joulupukki は,贈り物を大勢の joulutonttu たちを使って子供たちに届けさせるようです。また,子どもひとりひとりの1年間の行状を調べて joulupukki に伝えるのも joulutonttu のたいせつな仕事とされているそうです。

ムーミンは,フィンランド語で peikko,スウェーデン語で troll と呼ばれる,tonttu とは別の種族 (?) に属しています。人間の形をした tonttu が 「カミ」 「精霊」 とすると,動物や化け物の姿をした peikko は 「鬼,妖怪」 の類と見た方がいいようです。つまり,三段論法でいけば,「ムーミンは peikko」 「peikko は鬼・妖怪の類である」 ゆえに 「ムーミンは鬼・妖怪の仲間である」 ということになります。

こう言ってしまうと,「ムーミンのイメージを壊す気か,けしからん」 と叫ぶムーミン・ファンが多いと思いますが,「用例に見る peikkotonttu」 を冷静に読んでいただくと,私の言わんとする意味を少しはわかっていただけると思います。

ムーミンは,その姿形や,人里離れたどこかの谷に住んでいることなど,どの特徴をとっても tonttu ではありえないけれども,平均的な peikko のイメージからはずいぶんとかけ離れた 「変な peikko」 であることは否定できません。世の peikko たちが,ムーミンを,自分たちの暗いイメージを払拭して,子どもたちに愛される peikko のイメージを世に広めてくれた英雄とあがめているか,ひとりだけカッコつけて,tonttu や人間に媚を売る peikko の風上にも置けないとんでもない奴と見下しているか,それは peikko たちに聞いてみないとわかりません。

ちなみにフィンランド語の国語辞典には,こう説明されています。

tonttu

  1. (多くの場合男性の)小柄で,性格のいい,家または家の回りの守り神。また,おとぎ話の主人公。「家の tonttu」 「粉挽き小屋の tonttu」 「穀物小屋の tonttu」 「クリスマスの tonttu」 「サンタクロースの助手をする tonttu たち」
  2. 【口語】 単純な人,バカな人。「この tonttu 野郎!」

peikko

  1. 山に住んでいると信じられている想像上の恐ろしい生き物;また,現在では,毛むくじゃらで尻尾の生えた (しばしば,可愛らしい) 童話に登場する生き物についても言う。「山の peikko
  2. 【比喩】 脅威。「不況の peikko」 「彼は世の右傾化を大きな peikko と受けとめた」
更新日 2009/07/21