J.L. Runeberg — Paavo Cajander (suomennos) | 松村一登訳 |
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Oi maamme, Suomi, synnyinmaa, | 私たちの国,スオミ,故国よ |
soi, sana kultainen! | 響け,この黄金のことば |
Ei laaksoa, ei kukkulaa, | これほど愛すべき渓谷や山や |
ei vettä, rantaa rakkaampaa | 湖や岸辺が,どこにあるだろう |
kuin kotimaa tää pohjoinen, | この北の故国のほかに |
maa kallis isien. | 愛する父たちの国のほかに |
Sun kukoistukses kuorestaan | お前の繁栄がその殻を破り |
kerrankin puhkeaa; | 今こそ花を咲かせるだろう |
viel' lempemme saa nousemaan | 私たちの愛国心はさらに高まり |
sun toivos, riemus loistossaan, | お前の希望が,喜びが光り輝き |
ja kerran laulus, synnyinmaa, | そして今,故国よ,お前の歌が |
korkeemman kaiun saa. | より高らかに響きわたるだろう |
フィンランドの国歌 (Suomen kansallislaulu, Finlands nationalsång) 「わが国」 は,上の Maamme というフィンランド語の歌詞の方がよく知られているが,そもそもは,作家・詩人のルーネベリ (Johann Ludvig Runeberg, 1804–1877) の同名のスウェーデン語の詩 (1846)に,パーシウス (Frederik Pacius) が曲をつけて,1848年5月13日に初演されたのが始まりである(とされる)。フィンランド語の歌詞としては,スウェーデン語原詩を,カヤンデル (Paavo Cajander) が1890年ころフィンランド語訳したものが使われている。もちろん,「わが国」 がフィンランドの国歌となったのは,1917年12月にフィンランドがロシアから国家として独立したあとのことである。
スウェーデン語の原詩とフィンランド語の訳詞は,基本的な内容が同じだけで,一字一句忠実な翻訳ではない。たとえば,原詩が Vårt land, vårt land, vårt fosterland 「わが国,わが国,わが祖国」 と始まるのに対し,フィンランド語では Oi maamme, Suomi, synnyinmaa 「わが国,スオミ,わが故国」 と,いきなり冒頭にフィンランドを意味する 「スオミ」 (Suomi) ということばが出てくるなど,際だった相違点もある。
原詩は非常に長いが,国歌として歌われるのは,第1節と最後の第11節である。ちなみに,原詩の第4節には 「フィンランド民族」 「フィンランド国民」 という意味の det finska folket ということばが使われ,フィンランド語訳でも Suomen kansa という対応することばが使われている。
この日本語訳は,フィンランド語の原詞の意味をできるかぎり忠実に日本語で表すのが目的なので,実際に曲に合わせて歌うことを念頭においていない。実際に日本語で歌うなら,故渡邊忠恕氏の日本語訳 「わが祖国」 をおすすめする。ただ,渡邊訳は,曲に合わせて歌われることを考慮して音節数を調整しているために,原詞の意味を忠実に日本語に移すことを犠牲にしている箇所がある。また,原詩には,音節数を揃える必要から,現在のフィンランド語標準語の形ではない活用形なども使われており,フィンランド語の学習者の中に原詞の意味をきちんと理解したいと希望する人もあるだろうと思うので,このような訳に対する需要もあるのではないかと考えた。
1998年は,「わが国」 という歌が出来てから150周年にあたり,記念行事が行われたり,記念出版物が出たりした。フィンランド国歌を紹介するいわばプロモーションビデオのようなものも作られ,駐日フィンランド大使館の広報部から借り出すことが出来るはずである。フィンランドの風景をバックにフィンランド語で歌われる国歌が解説なしに流れるだけのごく短い映像で,一切の無駄を省いて機能主義に徹しようとするフィンランドらしいビデオだったという印象がある。
「わが国」は,パーシウスの曲で歌われるのが国歌として正式で,上にのべた1848年初演というのはこの意味での初演であるが,本当はルーネベリ自身の曲にのせて最初に歌われた1846年12月を初演と言うべきかもしれない。1998年には,ルーネベリのメロディーで歌った 「わが国」 を合わせて収録したCDが少なくとも2枚出ている。現行のパーシウスの曲よりルーネベリの原曲の方が歌としてはいいという識者もいるようだが,とくにスウェーデン語で歌ったのを合唱曲として聞くと,確かにルーネベリの原曲の方に軍配をあげたくなる。
フィンランドの国歌に関しては,1998年につくられた公式ホームページがまだ生きているので,私の解説に不満な人も,そうでない人もぜひそちらをどうぞ。また,記念出版物も参考になる。ちなみに,エストニアの国歌のメロディーがなぜフィンランドの国歌のメロディーと同じかについての歴史的な経緯が書かれていて,一部のフィンランド人が心配したのとは違い,決してエストニア人が盗用したわけではないこともわかる。